今年も大いに盛り上がったセンバツをいくつかの視点で振り返る。
■やはり甲子園は「筋書きのあるドラマ」
東邦の優勝はまさに大団円。平成最初の大会の優勝校がそれ以来の優勝で平成を締める。それだけでも十分にドラマだが、実にいろんな伝説を甲子園に刻んだ。
まずは大阪桐蔭との応援タッグ。
海外遠征で参加できない東邦高校マーチングバンド部に代わり、応援をすることになったのが大阪桐蔭高校吹奏楽部。この両校は昨年に大阪桐蔭が招待試合で愛知に行った際、試合中東邦の応援団が攻守が代わるごとにスタンド内を移動し、相手の大阪桐蔭も応援するという粋な演出をしており、すでにそういう結びつきがあった。
その大阪桐蔭が東邦の友情応援を快諾したのだから、実に粋だ。大阪桐蔭は智辯和歌山と並び平成の甲子園「最多勝」の高校。その高校の応援力も得た東邦が平成最後の大会を制す。これまた実に粋だ。
そしてその合同応援を取り仕切る応援団長が、平成元年の優勝投手・山田喜久夫氏の長男・斐祐将(ひゅうま)くんと、実によくできている。
さらに東邦マーチングバンド部が帰国し準決勝から合同応援で最強タッグを組み勝ち上がった先に待つのは、 吹奏楽部の美爆音でおなじみ習志野高校である。これまた奇跡的な展開だ。決勝は試合そっちのけで両チームの応援だけ聞きに行ったという高校野球ファンが一定数いただろう。
その決勝は、東邦・石川の史上初めて決勝での2発&完封の大活躍で習志野を圧倒した。3年前夏の八戸学院光星相手の大逆転サヨナラ勝ちしかり、やはり「持っている」高校であった。
■再認識した応援の威力
美爆音の習志野、大阪桐蔭友情応援の東邦、オリジナル曲でファンを魅了する龍谷大平安、智弁和歌山に市和歌山と、応援力に定評のある高校が軒並み上位進出した。
筆者は2日目の日章学園対習志野、明豊対横浜のみ現地観戦したが、日章学園の選手たちは初めて体感する習志野の応援のすさまじさに完全に飲まれ、6失策で自滅した。
習志野の応援に関しては、星稜戦で近所から苦情が来るという前代未聞のできごとも発生したが、星稜戦、市和歌山戦とも勝負を左右するミスを誘発しその威力をいかんなく発揮した。習志野に限らず、応援が勝負を左右する可能性は十分にある。
各校とも改めて、自校の応援力について真剣に考えてみてはどうだろうか。今年は龍谷大平安の「怪しいボレロ」を演奏している高校が多かった印象だが、人の真似では栄冠は一生つかめない。各自優勝するために何が必要なのか、もっと真剣に考えたほうがいい。
しかし今回の大会で習志野吹奏楽部のブランド力がさらに上がり、夏の千葉県大会の観客がさらに増える事態が十分に考えられる。昨年の夏の県大会2回戦で、QVCマリンに入場するのに炎天下の中50分並んでゲンナリした筆者だが、夏を考えると今から少し気が重い。
■トリックプレーは徹底した練習を
走者一塁からのバントが飛球になった際、あえてワンバウンドで捕球し一塁送球、からの二塁転送で併殺を完成させるトリックプレーがある。今やそれなりにちゃんとした野球をしているチームならどこでもやるプレーだが、今大会では星稜、明石商がこのプレーを失敗し敗因の一つとなった。
星稜は習志野戦1点リードの4回だ。習志野の打者のバントが小飛球になった時点で、即座に投手・奥川はこのプレーをイメージしただろう。しかしファーストがその意図を理解できていなかった。奥川から送球を受けたファーストはあわててベースを踏んで二塁転送、これが相手走者に当たり二塁に進めてしまった。そしてのその後同点タイムリーを浴びることになり、試合の流れが変わってしまった。
明石商は準決勝の東邦戦、1点差に迫った8回の裏の守備だ。捕手が小飛球をバウンドさせた時点で打者走者は(打球処理を妨げるため)走っていなかった。にも関わらず焦って一塁送球、これが暴投となった。その後二塁送球も悪送球になって1プレーで2つの失策が出て痛い追加点を許してしまった。
特に星稜のケースは習志野応援団の爆音で声が届かないという状況だったが、甲子園での試合は基本的に声での連携は難しいと考え、体にしみこませるくらい反復練習が必要だろう。
■悔やまれる「開き直って直球勝負」
準々決勝で龍谷大平安と智辯和歌山はともにサヨナラ負けをしたが、両校に共通するのがキャッチャーのリードに悔いが残る点だ。
平安は明豊戦の11回裏、守備の乱れで一死満塁とされるも、野沢が次打者を渾身の高めストレートで三振にとり二死。絶体絶命のピンチをどうにか切り抜けるかと思われた。次打者に対してもインコースの直球で押すバッテリー。ファールでどうにか逃げる明豊の打者。
筆者はこの配球を、最後に外にチェンジアップを落とし仕留めるための布石ととらえ、いつ外に落とすのかと見ていたが結局バッテリーは最後までインコースまっすぐを続け、結果わずかに甘く入った球を右中間のフェンス際まで運ばれ勝負あった。
まっすぐを続けたのは「裏の裏」ということだったのかもしれないが、満塁でインコースの厳しいところに投げきれというのは少し酷だ。それまで好リードを続けてきた多田選手だが、どうして最後に開き直ったかのようにまっすぐを続けたのか。少し疑問が残るリードだった。
そして智辯和歌山が明石商・来田にサヨナラホームランを浴びたのも、追い込んでからのストライクゾーンへの直球だった。来田の前の打席では低めに落とし空振り三振でピンチを脱していたため、余計に悔いが残るだろう。試合後の中谷監督がバッテリーに対して「ホームランを防ぐ意識がどこまであったか」と苦言を呈していたが、そのとおりだと思う。
平安の多田にしても、智辯和歌山の東妻にしてもそれまで再三の好リードでチームを救ってきただけに、最後の最後に開き直りの力勝負、という形になってしまったのはやはり少しもったいなかった。
■サイン盗み騒動に思う、野球の魅力
最後にサイン盗みである。結論から言うと、声や仕草でキャッチャーのサインやコースをはじめ、相手の動きを味方に知らせることをすべて認めたらよいと思う。
筆者が考える野球の最も大きな魅力は、対戦相手との騙しあいである。相手チームがサインを盗んできたら逆手にとればよい。
2009年WBCのキューバ代表のように、あからさまに声でキャッチャーの構えているコースを伝達している例もある。そんなチームに負けて、「正々堂々と野球をしてほしい」などと負け惜しみを言うつもりなのか。
あのときの松坂ー城島のバッテリーのように、その相手の裏をかき相手を惑わすのが正しい野球との向き合い方であり、競技としてさらに深みを増す要素なのである。プレー時間よりプレーの間の時間の方が長いという珍しいスポーツなのだから、なおさら頭を使って相手を負かす策略を練るべきである。
「習志野けしからん」という風潮が野球の魅力を一定損なうことになり、それが行き過ぎると投手の球と打者のスイングだけ速くなり、野球脳はすっからかんという実に趣のない競技に成り下がってしまう。イチローが引退会見で指摘していたこととも重なるのではないか。