星稜・松井は何本ホームランを打つのか、三沢率いる帝京は春夏連覇できるのかが開幕前の最大の注目だったが、意外な展開となった。
まず、帝京。東東京大会の全試合で二けた得点を上げ、当然優勝候補筆頭として臨んだ大会だったが、大会4日目の一回戦、尽誠学園に0-1で敗れた早々に姿を消した。この試合で決勝タイムリーを放った上に帝京を完封した尽誠学園・渡辺は、キレのあるまっすぐとスライダーで快投を続け、ベスト4まで進みこの年の主役の一人となった。(準決勝で拓大紅陵に4-5で敗戦。)この年、筆者の家族全員でベスト8を予想し合っていたのだが、1回戦の組み合わせ決定後に予想を出し合ったところ、みな帝京を挙げる中、次兄だけ「帝京は絶対負ける」とコメントを添えて尽誠を挙げた。見事予想が当たり尽誠学園が勝ち進んでいる最中の、次兄の得意げな顔が印象深い。
そして松井は7日目、2回戦の明徳義塾戦であの5打席連続敬遠で敗れたのだが、これについては散々色んなメディアで語られているので、敬遠自体に特に言うこともないのだが、筆者は翌3回戦の広島工―明徳義塾戦を見に行った。兄弟全員、明徳義塾の試合前シートノックで大ブーイングが起きることを期待していたのだが、意外にも明徳の選手たちに向けて大きな拍手が起こっていた。星稜戦のときには帰れコールを浴びせた甲子園の観客だが、この日は罪のない球児たちにとても優しかった。試合は明徳の自滅とも言える展開で広島工が9-0で勝った。この試合をテレビで見た松井は仲間たちと大はしゃぎしていたというのを何かで見て、松井のことがさらに好きになった。
印象深かったのは池田高校だ。2014年春に復活出場する前の最後の出場となったこの大会、前年までの打線の破壊力もなく小粒なチームだったが、コツコツと短打を繋げる攻撃とエース宮崎の粘りの投球。なかなかの好チームだった。
神港学園との3回戦で最終回に逆転サヨナラ勝ちしてなんだかんだベスト8に進出するあたり、小粒でも池田はやはり強かったと印象づける戦いぶりだった。
準々決勝では勝利目前の9回表に拓大紅陵・立川(元ロッテ)に逆転2ランを打たれ、残念ながら1-2で敗れた。この逆転ホームランの場面の「打球は、レフトに上がった、レフトに上がった、レフトに上がった、レフトに上がって、そして、入ったーーーーーー!ぎゃくてん!!」という実況、がっくりと膝をつく池田の左翼手。夕日に染まるレフトスタンド。今でも忘れられない、とても印象深い1シーンだった。
そして、波乱の大会でダントツのインパクトを残したのが、西日本短大付の森尾。高校野球好きの中には、甲子園大会史上最高の投手として挙げる人も多いのでないだろうか。何せ5試合で1点しかとられずに優勝したのだ。変化球でゴロを打たせたかと思うと、ランナーが貯まった場面でアウトローにズバッと直球を投げ込み、打者に手を出させない。ギアの上げ下げが自在にできる、まさに勝てる投手だった。
当時の朝日放送のダイジェスト映像は画面の右下に投手、左上に打者という角度で放送していたので、右投手の彼が投げるアウトローのまっすぐはものすごく速く見えた。2回戦スタートで2-0、3-0、6-1、4-0、1-0、しかも3回戦からは4連投。プロに行きどれだけすごい投手になるかと思われたが、社会人で野球選手としてのキャリアを終えたらしい。そのことは残念だが、そういう後々の道筋もかえって彼の1大会での輝きを増しているように思う。
森尾から唯一点を取ったのは準々決勝で対戦した北陸。0-6の最終回、左よりのゴロをセカンドが取り損ねたような当たり(記録はヒット)で2塁ランナーが生還したのだが、朝日放送で実況していたアナウンサーの「あの、あの森尾から一点を取りました!」という実況が森尾のすごさを物語っている。
全試合を一人で投げ切った森尾に対して、時代を先取りした戦い方をしていたのが準優勝の拓大紅陵だった。右上手、右サイド、右アンダー、左と4枚の投手を使い分け、継投でうまく相手打線をかわしながら決勝まで進んだ。このときの監督が、2016年~2017年に高校全日本チームの監督をした故・小枝氏。2016年のアジアAAA選手権では広島新庄・堀、2017年のU-18ワールドカップでは秀岳館・田浦と、あれだけレベルの高い投手が揃っているにも関わらず特定の投手を酷使するような起用に陥ったのは、この年の拓大紅陵の投手起用の印象が強かったために、少し残念な気がする。